『北の無人駅から』のご紹介

筆者は、北海道に特別興味を持っているわけではなく、鉄道ファンでもないのですが、
「これは読まなければならない本だ」と本書を一目見て思いました。

本書はたんなる紀行文ではなく、鉄道本でもありません。
無人駅となった駅を端緒にして、その土地に住む人たちにインタビューをし、さまざまな歴史的な文献を多数ひもといて、北海道の歴史・文化・農業・漁業・ひとの新たなる側面を見せてくれるノンフィクションです。

著者は地元に住む人たちにインタビューするのですが、とても細かいところまで聞いていて、大きな信頼を得なければ聞けないようなことまであり、著者の行動力とコミュニケーション力のすごさが実感されます。

「豊かな自然」「のんびりおおらか」といった紋切りのイメージで北海道を語るのではなく、地方自治、過疎、農政、悲惨な開拓史といった様々な問題を、上から抽象的に語るのでもありません。
実際に足を運び、その土地に根差した暮らしをしてきた人たちを取材し、綿密な実地調査をもとに北海道の本質を浮かび上がらせる文章を書く著者の力量はすごいものです。

北海道というローカルな題材でありながら、日本の地方が共通してかかえる問題をあざやかに剔出しており、普遍性をもちえています。

各章の終わりには付録として、様々な用語の解説がとても親切丁寧に載っています。

分厚さに驚かされますが、細部がひじょうに面白いので読むのが楽しい本です。
日本の忘れられたものたちを想起させ、それらが現在と深くつながっていることを、よりよく知ることのできる良書。おすすめです。

この良書に関連して、印象に残ったことがありました。

その本のアマゾンレビューに、著者の渡辺一史氏を「精神の貴族」と呼ぶものがあったのです。ノンフィクション分野で権威ある賞である大宅賞を受賞したあと、色気を出して売れ線を狙うのではなく、8年もの歳月をかけて『北の無人駅から』を完成させて世に問うた、富や栄誉には無頓着でただひたすら精進する姿をたたえたものでした。

わたしたちは通常、目先の果実をもとめて頑張ろうとします。
そして結果が出ないと愚痴をこぼしたり元気を無くしたりしてしまいます。

しかし、本当に自分がやるべきこと、やりたいことをやり続けるとすれば、それが認められるかどうかは全く関係なく、ただそれに集中してやり続けるのかもしれません。

粘り強く取り組み、長い時間がかかってもあきらめず、ある種鈍い感覚を持ちながら、
ぶれずに目標を目指して進んでいく。

何かやり遂げようと思うなら、長いスパンで考えることと焦らないこと、ただひたすら続けるということが、一番大事なのではないでしょうか。